がん薬物療法における口腔粘膜障害

がん薬物療法成功のために

がんの化学療法を受けている患者さんの、40%に口腔粘膜炎などの口腔合併症が生じます。がん化学療法における口腔粘膜炎は、重度の疼痛を伴うことが多く、患者さんの経口摂取を困難にし、生活の質を著しく低下させてしまう場合があります。化学療法のスケジュール変更や、投与量変更、中断を余儀なくされる場合もあり、重要な問題です。
 抗がん剤治療による口腔粘膜炎を予防する確実な方法は、残念ながらありません。対症療法が主体になりますが、適切に行うことにより症状緩和ができます。口腔粘膜炎のマネジメントが治療の成否にまでつながります。
また、造血幹細胞移植患者の80%・口腔領域が照射野に入る放射線治療の頭頚部がん患者の100%に口腔合併症が発生します。

口腔粘膜炎の発症頻度が高い抗がん剤

抗がん性抗生物質 ブレオマイシン・ドキソルビシン・ダウノルビシン・アクチノマイシン
トポイソメラーゼ阻害薬 イリノテカン・エトポシド
代謝拮抗剤 5-FU・メトトレキサート・S-1・カペシタビン・シタラビン・ゲムシタビン・ヒドロキシウレア
アルキル化剤 ブスルファン・メルファラン・シクロフォスファミド
白金系 シスプラチン・カルボプラチン
タキサン系 パクリタキセル・ドセタキセル
分子標的薬 エベロリスム・テムシロリムス

口腔粘膜炎のできやすい部位は

動きの激しいやわらかい可動粘膜部に起きやすいです。
(口唇の裏側・舌の側面・頬粘膜・口の奥の軟口蓋)
歯ぐきや硬口蓋にもできやすいです。

口腔粘膜炎の対処法

1 口腔内の衛生状態を保つこと
2 口腔内の保湿を保つこと
3 疼痛コントロール

1 口腔内の衛生状態の保持

歯科医院でのオフィスケア

歯科医院では歯石の除去や PMTC(プロフェッショナルメカニカルトゥースクリーニング)歯面清掃用の回転ブラシなどを使い歯の表面をツルツルになるまで清掃することです。

ホームケアのためのブラッシング指導など

上手に歯みがきをできている人は意外に少ないです。特に歯ぐきを歯と同じように磨いて傷にしている人が多くいます。力を入れすぎや歯ブラシの動かし方が早すぎて、かえって障害になっている場合も多いです。正しいブラッシング方法を歯科医院で指導してもらうことが大切です。

2 口腔内の保湿

唾液の分泌障害が起こりやすく、口腔乾燥が起こりやすいのも原因の一つです。
バイオティーンなどの市販の保湿剤も有効です。ただ、高価なのが難点です。
おすすめなのが、生理食塩水。安くとても効果的です。患者さんに500cc のペットボトルに小さじ一杯軽め(4.5g)ちなみに、コーヒーなどを飲むときのスプーンを小さじと勘違いしている人も多いので念のため。一日7~8回をめどに行ってもらうと良いでしょう。
飴をなめたがる人も多くいますが、浸透圧の関係からもかえって粘膜が荒れてしまうことが多いです。
 殺菌性の強い洗口剤は粘膜を刺激してしまいます。特にアルコール含有の洗口剤には注意が必要です。イソジンなどのヨード系のものも口腔粘膜をかえって荒らしやすいです。

ステロイド軟膏を塗布はかえって悪化させます

 アフタ性口内炎の対処と同じに考えていると、カンジダ性口内炎などを発症することがあり、また意外と胃腸からのステロイド剤の吸収も問題になるので注意が必要です。
口腔乾燥は、もともと高齢者では起こりやすく、抗がん剤による唾液腺の細胞の障害も原因となります。水分摂取が少ないなど全身的な脱水症状にも注意が必要です。

3 口腔粘膜炎の疼痛コントロール

軽度であれば口の中がザラザラしたり、喉に違和感があるくらいで済みます。
ひどくなると口の中がヒリヒリしたり・痛い、痛くて飲み込めない、食事ができない、しゃべることも苦痛となります。
アセトアミノフェンや NSAIDs、医療用麻薬が必要になる場合もあります。アセトアミノフェンには効能効果の項目にがんによる疼痛の鎮痛の記載があります。
特にシスプラチンのプラチナ系抗がん剤使用時にはアセトアミノフェンを選択することが奨励されています。
また、ハチアズレン5包程度・グリセリン60ml・4%キシロカイン5~10ml を500ml の水に溶解して、含嗽をしてもらうのも効果的です。

味覚障害・味覚異常

抗がん剤投与後、1週間程度で舌の味蕾細胞が障害を受け、味覚障害を生じることがあります。 (塩味が感じられなくなる場合が多いようです)

やはり対処療法になります

亜鉛の欠乏を指摘する先生もいます。しかし、血液検査で血清亜鉛値はほとんど正常で、亜鉛を投与しても効果は見られないケースが多いです。
このため対症療法が中心になります。香りは比較的障害を受けにくいようで良い香りのする食べ物が良いようです。また、誰でも1人で食事をするのはつまらないもので、一緒に食事をしてくれる人と会話をしながら気分を変えることを勧めてください。

歯肉出血

抗がん剤治療により血小板が減少したことが原因と考えられますが、骨髄抑制の強い抗癌剤治療を行う場合に多く見られます。また、肝臓の障害で血液凝固因子が生成不良になる場合も多くあります。
血小板が2万/μl以下で自然出血しやすいです。歯垢の付着などの局所的な原因も強く影響します。

治療法

少量の歯肉出血の場合は、ガーゼによる圧迫止血を試みてください。15分以上圧迫しても効果がない場合は歯周包帯で保護することも必要になります。消化管内出血なども心配され口腔内局所の問題だけでなく、全身の状態にも充分ご注意ください。

ヘルペス性口内炎

1型ヘルペスウイルスが原因で、抗癌治療で全身状態が落ちている状況で発症します。発症時は2、3個寄り添う小さい水疱を形成しますが、すぐに破れて浅い潰瘍作ってしまいます。持続性の刺すような強い痛みが特徴です。重症化すると大きな潰瘍になり、原因がわからなくなります。

治療法

アフター性口内炎の再発と判別が難しいです。ヘルペス抗体値を測定するのが確実ですが、血痂が出るまで時間がかかってしまいます。ヘルペスが疑われる場合は検査結果を待たず診断的に投与するのが効果的と考えられます。抗ウイルス薬により疼痛は2、3日で軽減してきます。
処方例 バラシクロビル1回1錠(500㎎)を一日2回服用

カンジダ性口内炎

やはり抗がん剤治療による全身状態の悪化により起こります。口腔内には常在菌でカンジダが存在しているので、日和見感染により発症します。白い苔が粘膜に広がるような偽膜性カンジダが多いです。キリキリやチクチクとした、それほど強くない痛みが特徴です。
頭頚部がんで化学放射線療法を受けている患者さんにとても多く見られます。

治療法

アムフォテシンBなど抗真菌薬を、口に含ませるように含嗽させたり、イトラコナゾール内用などで、比較的早期に白苔は消失します。義歯を装着している場合は、抗カンジダ菌入りの義歯洗浄剤(ロート製薬ピカ)を使って洗浄してください。
「ピカ」には2種類の洗浄剤が入っており、汚れの程度に合わせて使う仕組みになっていて、カンジタ菌を溶菌する作用はピカ独特のものです。

口腔乾燥症

年齢が進むだけでも、唾液腺の細胞は機能低下を起していきます。抗がん剤だけでなく、抗コリン薬・抗うつ剤・抗不安薬・総合失調症薬・抗パーキンソン病薬・抗ヒスタミン薬・抗不整脈薬・降圧剤・鎮痛剤など様々な薬に唾液分泌抑制が副作用として報告されています。
経口摂取・水分摂取が少なくなり脱水症状を起こしている事も原因の一つになります。

治療法

市販の保湿剤の使用(バイオティン)なども効果的です。

水分摂取も頻回に行うよう説明してください。ただ、体内の水分代謝が悪く、水中毒を起しやすい危険性もあり、塩梅も大切です。
放射線療法による口腔乾燥にはサラジェン(ピロカルピン)の服用が有効な場合もあります。

知覚過敏症

抗がん剤治療中に歯がしみる感じがするという、歯科過敏症状を起こす場合もあります。抗がん剤による末梢神経障害の一つと考えられていますが、プラチナ系抗がん剤・微小管阻害剤で発生しやすいという報告もあります。

治療法

抜髄処置(歯の神経の除去)を行っても症状は改善しません。
抗がん剤による一時的なやむを得ない副作用だることを説明し、極端に熱いものや冷たい物を避けるように指導してください。長く続く場合はリリカ(プレガバリン)が効く場合があります。

口腔内の感染症

白血球数が2000/μl を下回るような骨髄抑制の強い抗がん剤治療で起こりやすいです。体力が低下してしまっている事も大きな原因になります。
歯周病・智歯周囲炎・根尖性歯周炎などの急性発作が多く見られます。

治療法

もともと口腔内の感染症は、10年以上にわたる長期な慢性疾患で、原因菌の内毒素などの毒性は極端に強いものではありません。しかしながら、歯周ポケットなど細菌が繁殖しやすい環境であることから、根絶できな治療は不可能に近いのが現実です。歯周炎の急性発作などの場合はペリオフィール歯科用軟膏(ミノサイクリン塩酸塩)の歯周ポケット内への塗布などを行いますが、病態によりケースバイケースですので、歯科医に相談いただくのが最善です。